大判例

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札幌地方裁判所 昭和46年(ワ)3029号 判決

原告

小林武雄

右訴訟代理人

中島一郎

外二名

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者

秋田金一

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者

長崎正造

被告

日本火災海上保険株式会社

右代表者

松下彦一

被告

共栄火災海上保険相互会社

右代表者

前田盛高

被告

千代田火災海上保険株式会社

右代表者

手嶋恒二郎

右被告会社五名訴訟代理人

山根喬

外一名

被告

桃山勝光

主文

一  被告桃山勝光は原告に対し、金七〇万七、五七二円およびこれに対する昭和四六年三月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告桃山勝光との間に生じたものはその四分の一を被告桃山勝光の、その余を原告の負担とし、原告とその余の被告五名との間に生じたものは全部原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

第一被告桃山に対する請求につき。

一請求原因一の(一)(本件事故の発生)および同(二)の1(責任原因)の事実については原告と同被告間に争いがない。よつて同被告は民法第七〇九条にもとづき本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

二損害

(一)  治療費 金七、五七二円および休業損害金五万円

右は原告と被告桃山間に争いがない。

(二)  逸失利益

〈証拠〉を総合すれば、原告は、(1)昭和三八年二月九日ごろ自転車に乗車中自動車に接触転倒し肩甲骨々折の傷害を負つたとして約六カ月間入通院し、自賠責保険金六万二、〇〇〇円をえ、(2)昭和三九年四月ごろ漬物石を落とし左足拇指骨折の傷害を負つたとして通院し、保険金(傷害保険―以下(9)まで同じ。)三四万円をえ、(3)昭和四〇年五月二七日ごろ自転車で転倒し左鎖骨々折の傷害を負つたとして約四七日間入院し、保険金六万二、〇〇〇円をえ、(4)同年一一月八日ごろ自転車に乗車中後方から来た自転車に追突され頭部打撲、左前腕挫傷の傷害を負つたとして八五日間入院し、保険金三四万円をえ、(5)昭和四一年四月二二日ごろ自動車に同乗中座席角に胸部を強打し胸部打撲傷を負つたとして三二日間通院し、保険金三万円をえ、(6)昭和四二年一月五日ごろ自転車で転倒し第五腰椎脱臼兼腸腰筋挫傷等の傷害を負つたとして六二日間入院し、保険金二〇万七、四〇〇円をえ、(7)同年五月二八日ごろ自動車に同乗中急ブレーキのショックで落床し腰部打撲、左前腕打撲の傷害を負つたとして九五間入院し、保険金三〇万円をえ、(8)同年一一月三日ごろ自転車に乗車中後方から来た自動車に追突され前頭部打撲、右前腕挫傷の傷害を負つたとして、同月四日から昭和四三年四月二二日まで入院し、保険金一四四万八、〇〇〇円をえ、(9)更に自転車で転倒し腰椎挫傷、左手中指第二関節挫傷の傷害を負つたとして、同月二三日から同年七月三一日まで入院し、保険金二三〇万円をえ、(10)昭和四四年九月二三日自転車で進行中後方から来た自動車に追突され右足二ケ所骨折の傷害を負つたとして約一一五日間入院し、自賠責保険金八五万五、〇〇〇円をえ、昭和四五年三月三日ごろ凍つた路上で転倒し胸部打撲を負つたとして、保険金(傷害保険)を請求している事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実によれば、原告は本件事故日の五年程前から諸種の傷害を負つて入通院を繰返し、殊に本件事故前約二年間は入院のため満足に就労できず、受領した保険金をもつて生計の大部分を賄つていたものと推認できる。してみれば原告が本件事故当時において有していた労働能力およびこれによつて得るであろう収入の程度を合理的に認定することができない。もつとも〈証拠〉によれば、原告は本件事故直前の昭和四三年七月訴外有限会社菅原商会に保険業務担当者として雇われ、同月および翌八月に月給各五万円の支払いを受けたことが認められるけれども、前記認定のとおり原告は同年七月中入院中の身であつたものであり、かつ右各証拠によれば右両月を通じての原告の稼働状況は極めて劣悪であつたこと、ただ右訴外会社としては原告に懇請し入社してもらつた手前止むなく右両月分の給料を支払つたのであるが同年九月以降原告を雇傭する意思を失つていたことが認められるから、原告が右のとおり就職しかつ収入をえたことをもつて、本件事故当時右月収に見合う労働能力を有していたとは認め難い。更にまた前記認定のとおり原告は本件事故後においても傷害を負つたとして長期の休業をしているのであるから、将来において本件事故がなかつたとすれはば原告が有するであろう労働能力および収入を合理的に算定することも極めて困難である。

そうであるから、原告が本件事故によつて被つた労働能力喪失による逸失利益は結局認定することができない。

(三)  慰藉料   金六五万円

前記認定の傷害の部位、程度および治療期間その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、原告を慰藉すべき額は六五万円をもつて相当と認める。

第二被告大東京火災に対する請求につき。

一訴外桃山弘光と同被告間に、右訴外人保有の加害車につき保険期間を昭和四三年四月一九日から同四四年四月一九日までとする自賠責保険契約が締結されたことは、原告と同被告間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、原告は昭和四三年九月一日午後八時ごろ全治二七日間を要する左拇指切断および左第二指裂創の傷害(以下本件傷害という。)を負つた事実が認められる。

三そこで本件傷害が本件事故によつて生じたものであるか否かについて判断する。

(一)  原告の指示説明にかかる本件事故当時の原告の姿勢および左手の位置

1 〈証拠〉によれば、掲記の点に関する原告の指示説明は、昭和四七年七月一九日の検証当時まで次のとおりであつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

イ 原告は加害車の左ドアをあけ同車に乗車しようとしたところ、右手に持つたレインコートから硬貨三、四枚が運転席床にこぼれ落ちたためこれを拾うべく右床上に昇り、体幹をハンドル方向に向け、助手席側座席に右側臀部を差しかける状態で腰をかがめ、左上肢を左後下方に伸ばしかつその手首を深く反り返し、拇指を除く左手指を左ドア内側面の前縁(運転台において左ドアに向かつたとき同ドアの右縁)付近に当てて身体を支えた。その際ドアは約三〇度開いており、左拇指はドア軸を支点として車体壁と同ドアとの間に生じた間隙(以下「間隙」とはこれをいい、「車体壁」とはドア軸側の車体壁をいう。)にあるような状態にあつた。

ロ 原告が右のような姿勢で右手で硬貨を拾おうとしたところ、被告桃山が車外から急激に同ドアを閉めたため原告の左拇指が車体壁と同ドア間に根元まで挾まれた。

2 しかしながら〈証拠〉によれば、原告の指示説明するごとく右手で運転台の床に落ちた硬貨を拾うため前屈姿勢をとつた場合、体幹を支える目的で左上肢を利用するとすれば同上肢は身体の前方かが側方に向けて他物体に当てるのが人体の運動機能からみて最も自然かつ合理的であつて、原告のいう姿勢は上肢諸関節の運動範囲の限界に達し極めて不自然であり、原告自身右の姿勢を持続することができないこと、また右指示説明の姿勢では示指と中指の指頭を左ドア内側面に接触させ環指と小指の指頭を内側面から少し浮かせるように手関節を強く回旋した場合にのみ左拇指断端が車体壁と同ドアの間隙に差しかかり従つてこの場合切断前の拇指部分が右間隙に入ることとなるが、示指から小指までその指頭をドア内側面に接触させると拇指断端はドア内側面から多少離れて浮く状態となり従つて切断前の拇指部分の全部が右間隙に入るということはありえないこと、そしていずれにしてもドアを閉めるに従い指頭に力がかかり手掌が浮きこれによつて必然的に拇指も浮き上つてくるため、右の指示説明による姿勢下にあつてはドアを閉めることによつて車体壁とドアの間隙に拇指が挾まれる可能性が殆どないこと、の諸点が認められ右認定に反する証拠はない。

3 次に、原告においてその指示説明にかかる姿勢をとり左拇指が加害車の体車壁と左ドア間の間隙にあつたとしても、〈証拠〉によれば被告桃山は左ドアの外側に立ち一五センチメートル程あいていた左ドアを一旦三〇センチメートル位引張りあけたのち力をいれてこれを閉めた旨供述するのであるから、果してそうであれば、原告は右のごときドアの動きを直ちに知覚し、防禦反応として瞬発的に左上肢を体幹側に引き寄せるとか、または支えにしたドアが外方にあくのであるから体幹が後方によろめきあるいは左手指全体がドア内側面にそつて外方へ移動するなどの事態がごく自然に生ずる筈であるのに、本件証拠上原告が右の反応を示したとか右の事態が発生した事実を認めることができない。

(二)  原告の左拇指の切断につき。

〈証拠〉によれば、原告は、本件事故により左拇指の表皮の一部が繋がつていたにすぎない程度にまでこれが離断した旨供述していることが認められるところ、〈証拠〉を総合すると、原告の左拇指はその基節の略中央部で完全に離断され、その傷口は鋭利な刃物で切断したように骨まで同じ平面で非常に整鋭に切断され、基節骨の断端以外の部分には亀裂骨折の痕跡等は全くなく、その軟組織にも血種の痕跡とか異物の残留等の異常がないこと、ところが、拇指を貨物自動車の車体壁とドアとの間隙に挾んだ場合、ドアを急激に閉めたとしても、拇指はその軟組織が部分的に挫滅することはあつても離断することはなく、とくに皮膚はは柔軟強靱であつて部分的に挫創が発生することはあつても完全に離断することはありえず、その骨は粉砕骨折あるいは亀裂骨折を生じ、その断端は凹凸不整となり整鋭になることはなく、また、拇指の残存部分には骨折の治癒した痕跡とか、軟組織挫滅に必発する血腫が吸収された痕跡が残る、ことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  以上認定の諸事実に照らせば、原告が左拇指切断の際加害車運転台にあつて前記の姿勢をとつていたとかその傷害がその主張の原因によつてできたものとは到底認めることができない。

〈証拠判断省略〉。なお原告は前掲検証ならびに鑑定の後の本人尋問期日において、本件事故発生直前の左手指の位置が左ドア面にあつたか車体壁側にあつたかについては当初から記憶がなかつたのであつて、従前の指示説明は想像に基くものであつたかの如く述べるところ、仮にそうであるとしても、前記(二)の認定事実に照らし、原告主張の左拇指切断の原因を認め難いとの結論を左右するものではない。

(四)  さらに、〈証拠〉によれば、原告の負つた左第二指裂創の傷害とは、その指基節の背部拇指側に縦走する長さ約1.2センチメートルの皮膚裂創であることが認められるところ、原告はその本人尋問において右傷害につき、左拇指がドアにはさまれた後、前にころんで運転台に置いてあつたジャッキの角にぶつけてできた傷である旨供述しているが、そもそも左拇指が車体壁とドア間に挾まれたことが信用できない以上左第二指裂創の発生原因もまた信用できないことはいうまでもない。

(五)  原告は、他に、本件傷害が加害車の運行によつて生じたことを主張立証しない。

四以上検討のとおり、結局本件傷害が加害車の運行によつて生じたと認めることができないのであるから、原告の被告大東京火災に対する自賠法第三条、第一六条にもとづく請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

第三被告東京海上、同日本火災、同共栄火災、同千代田火災に対する各請求につき。

一右被告らが原告との間に、それぞれ、原告主張の傷害保険契約を締結した事実は当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、右各傷害保険において担保される危険は、急激かつ偶然な外来の事故によつて被つた身体の傷害であること、従つて保険契約者であり被保険者たる原告は本件傷害が右要件を具備する場合において被告らに対し右保険契約にもとづく保険金請求権を有するものであることが認められる。

ところで、原告において本件傷害の発生原因が本件事故であると主張する趣旨は、本件事故が右の諸要件を具備することを主張する趣旨に外ならない。しかるところ、原告主張の日時に原告に本件傷害が発生したことは認められるもののその主張の発生原因を認め難いことはすでに認定したとおりである。そうであれば、当然の帰結として、その発生原因の急激性、偶然性もまた認め難いのである。

原告は、他に、本件傷害の発生原因につき主張立証しない。

三してみれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の被告東京海上、同日本火災、同共栄火災、同千代田火災に対する各請求はいずれも理由がない。

第四結論

よつて、原告の被告桃山に対する請求は、金七〇万七、五七二円およびこれに対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年三月九日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、原告のその余の被告らに対する請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(藤原昇治 小田八重子 小林正明)

原告の傷害事故歴および保険金受領歴〈省略〉

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